「三国時代」の衣服と風呂の特徴について

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『三国時代』というのは中国大陸で古くから伝わる歴史であり、曹丕を皇帝とする魏、劉備を皇帝とする蜀(蜀漢)、そして孫権を皇帝とした呉がその勢力を拡大していくために争っていった動乱の時代のことをいいます。

「レッドクリフ」という映画は、日本でも人気が出ましたが「赤壁の戦い」などとして現代でもその名前は多くの人に知られています。

とはいえ、三国時代は今から2000年以上も前の時代の出来事で、今では想像がつかないほど生活スタイルや文化も違いました。

そこで今回は、『三国時代』の生活スタイルや文化をご紹介します。

衣服について

例えば、この時代には四季があり、武将はその季節に合わせて異なった衣服を着ていました。

もちろん、全ての武将が指定されていた衣服を着ていましたが、全ての人々が同じ衣服を身にまとっていたわけでは決してなく、「皇帝」や「特別階級」の人たちしか着ることが許されなかった衣服もあるのです。

また、服装によって、一目でその人物の身分を把握することもできました。

例えば、頭の前後にすだれがついたあの帽子のことを「冕」といい、皇帝は12個ついているものを着用すると決められていました。

そして、身分が高くなればなるほど、その衣服に関しては厳しくされていましたが、身分が低い人はそこまで厳しく指示されることはありませんでした。

これは、三国時代にあった「差別的な思考」であり、「身分の低い者は武将と肩を並べるに値しない」という見方があったことにより服装に関して厳しくされることはありませんでした。

この「服装 」とは、上半身は「上衣」というもので、上は黒く下は赤いものでした。

下半身には、エプロンのような「下裳」というものをつけます。

そして、それぞれそこには「十二章(日・月・星辰・山・龍・華蟲・宗彝・藻・火・粉米・黼)」がついているのが基本的なものでした。

身分が低い庶民たちが来ていた衣服は「麻」でてきいたものが一般的で、皇族はもちろん、武将が着ているものとは素材から全てが全く違うものでした。

また、武将は腰に必ず剣をさしていなければなりませんでした。

現代でいうところの「ネクタイ」のような存在で、どこに行くにも必ず大刀しなければなりませんでした。

しかし、皇帝の前ではそれは厳禁であり、戦中以外の時には、如何なる状況だも皇帝の目の前で靴を履くということも許されることではありませんでした。

もちろん、庶民に関しては剣を腰にさす必要すらありませんでした。

このように、三国時代の人々はその見た目から一目でその身分がわかるほど、判りやすいものでした。

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風呂について

そして、三国時代にも今と似ている文化がありました。

その代表的な例が「風呂」です。

中国では、お湯や水で身を清めることを歴史的に「沐浴」と言いました。

「沐」は頭から湯水を浴びることをいい、「浴」は湯水の中に浸かることです。

つまり、シャワーとお風呂の違いです。

三国時代の武将は、厳しいマナーの中で生活していました。

沐浴の仕方にも規範がありました。

それは、5日に一度風呂を沸かし、3日に一度頭を洗い、その間、顔の汚れは温めた米のとぎ汁で洗い、足の垢はお湯で洗い、更に手は一日に5回洗うというものでした。

毎日、風呂を利用しなかった当時の「水」に対する考え方が今と違ったからです。

今の時代と違って、そこまで水が豊富ではなかったという当時の状況があるためです。

頭や身体を洗う時に使われたシャンプーや石けんの代わりとなったのは、穀物のとぎ汁です。

米はもちろん、洗髪にはヒエ、洗顔にはアワのとぎ汁といった風に、使い分けられたりしました。

また、例えば、垢すりタオルは二種類あり、君主は絺(きめの細かい布)、臣下は綌(きめの荒い布)を使うことを絶対とされていました。

沐の場合は、綌の一種類です。

そして、浴槽から出ると、まずアブラガヤという草で編んだ蓆(マット)を踏み、一度お湯で洗い流した後、今度はガマで編んだ蓆を踏みます。

これは、足の垢を擦り落とすためとされます。

日本でも、とぎ汁は一般的に使われているメジャーな洗浄料でしたが、中国では三国時代の頃からすでに利用されていたということになります。

とぎ汁は、垢が落ちやすく肌にもよく、現代でもその効能が評価され美容に活用されています。

現代の美容で使われていたものは、実は今から1000年以上も前の時代から使われていた、ということになります。

日本には、中国から入ってきた文化がたくさんあります。

そして、現代の日本と中国は、その影響もあってか文化的にも非常に似ているところも多くあります。

そして、それと同じぐらい違っているところもあり、その差は非常はっきりしていると思います。

また、それは風呂の文化に関しても言えることではないでしょうか。

現代の中国には日本の温泉のように集団で風呂に入る文化はありません。

これは三国時代のころから言えることであり、「同性同士であっても他人の前で裸になることは絶対のタブー」とされていました。

まとめ

いかがでしたか。

三国時代という名前は聞いてあったとしても、その時代の背景や文化的なところまではなかなか知ることがなかったのではないでしょうか。

今回の記事で、多少なりともそれらを知るきっかけになって頂ければ幸いです。

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